幽☆遊☆白書 #043「兄と名乗る条件(大会編・前章)」
――棗の家の近くの森に中にある崖の上
「話しだと?」
棗が飛影を見る目は真剣である。
飛影はこの目をした者は苦手だった。
過去の経験上関わると厄介ごとに巻き込まれる。
「私はちょっと貴方に聞きたいことがあってここに来た」
「俺に聞きたい事…?。素直に答えるか知らんぞ。
お前が話してから答えるか決める」
「一応、聞いてはくれるのね」
棗はニコリと笑うと話しを始めた。
「貴方も雪菜ちゃんが、生まれてから一度も会ったことがない行方不明の兄がいるって話しを彼女から聞いたことがあると思うけど」
「ああ。一応な」
雪菜の行方不明の兄という単語が出ても、何も反応を示さず飛影は、無表情で答えた。
(さっきの森でのやり取りからおおよその検討は、
ついていた。やはりな。この女は面倒なタイプだ)
棗は飛影の表情やら身体の動きを会った時から観察していた。
これは人間界でいうと人間観察に近いものである。
(やるわね。雪菜ちゃんの行方不明の兄という単語が出たら少しは顔に出すと思っていたけど。でも残念だよ飛影。貴方はポーカーフェイスを装っていても、妖気の流れの変化までは、私の前で隠せはしない)
棗はこのまま攻めれば棗が求める答えを飛影から得られると判断した。
「雪菜ちゃんが酎によって、私の家に連れて来られてからまだ日が浅いけど、あの子と沢山の話しをしたし、
あの子がこれまで歩んできたことも聞いた。今、あなたに話した行方不明のお兄さんの話しもそう」
「何が言いたい?」
「いいわ。単刀直入でいう。私は飛影、あなたが雪菜ちゃんの探しているお兄さんではないのかと思っている」
棗の言葉に飛影、ニヤリ。
「フン、残念だが違うぜ。何を言い出すかと思ったが、馬鹿げた話しだ」
飛影は棗に自分が雪菜の兄ではないかと指摘されても顔色を一切変えることはなかった。
(ここまでポーカーフェイスが出来るのは大したものだ。でも残念。さっきより妖気の流れは乱れているわよ)
棗はこの時点で自分の勝ちを確信した。
「本当にそう?」
ニコリと笑う。
(ここから私は一つ一つ貴方を攻略させてもらうよ)
棗は腰の後ろで両手を組みながら、ゆっくりと飛影の周りを歩く。
「何故、俺があいつの兄だという?」
「理由は色々とあるけど一つずつ挙げていくわね」
「そうしてもらいたいものだ」
「では一つずつ話していく。一つ目は雪菜ちゃんがお母さんの友達から聞かされたという特徴。貴方がそれと同じ種族の妖怪だということ」
「あいつも俺が魔界に行く前に俺に言っていたぜ。俺と同じ種族の妖怪なら他にもいくらでもいる」
「ええ。そうね」
飛影ならきっとそう言って返して来ると思っていた。
「話しを続ける。二つ目は貴方が雪菜ちゃんを見る目。貴方の鋭い目つきが私の目から見ても愛しい者を見る目をしていた」
棗の言葉に飛影は笑う。
「フッ、ククク、馬鹿か。それはお前の勝手な思い込みだぜ」
「そうかな?あの子に人間界での生活の事を聞いていた時の貴方は、間違いなく久しぶりに会うような肉親を見る目だった」
「お前が勝手にそう思うなら思えばいいさ」
飛影は棗の追求から逃れる自信があった。
棗の指摘してきた理由。
どれもが飛影を雪菜の兄というには、決定力が足りないからだ。
(俺を雪菜の兄だという事を言ってきた、この女の観察眼には恐れ入ったが、俺の牙城を崩すのは無理だ)
(今のはまだまだ序の口。貴方を崩すのはこれからよ)
「他にもまだ根拠はあるのか?」
「あるわよ。貴方はパトロールでここに来たって言っていたけどあれは嘘よね?」
「パトロールでなければ、俺がこんな辺境の田舎になんか来る理由がない」
(この女…何でパトロールが嘘だと気付いた)
酎も簡単に騙せた嘘を棗に見破られた。
ここでも無表情でポーカーフェイスを装うが、
飛影の眉が一瞬だが、ピクッと動いた。
棗は当然これを見逃さない。
そしてここでも飛影の妖気の流れが変化した。
これでパトロールで来たのは嘘だと確信した。
手を休めるわけにはいかない。
ここは一気に攻める。
「酎はあの調子だから気付いていなかったけど、パトロールは煙鬼が作った決まりで、必ず複数のチームで動くことになっているはず」
(なるほど…。だが、まだだぜ)
「時には一人で動くこともあるけど、パトロールの場合は非常時に連絡が出来るように、一人で動いた場合にも近くに必ず仲間が控えているはずよ。見た感じ、近くに仲間もいないようだけど、あなたは何故一人なの?」
「俺には邪眼がある…。一人の方が動きやすい」
飛影自身、認めたくないが、徐々に棗のペースに乗せられていることに気付く。
「その自慢の邪眼で人間を見つけていないのでしょう?貴方がさっき自分自身で言っていたけど、小さい霊気の人間も見逃さない邪眼師の貴方が人間を見つけていないのはおかしくない?」
(チッ、本当に鋭い女だ…。流石は雷禅の仲間ってとこか)
そして棗は飛影がここに来た本当の目的を言い当てる。
「本当はパトロールではなく、桑原って人間から雪菜ちゃんが魔界に飛ばされた事を聞いたあなたは、あの子が心配で探しに来たんじゃないの?」
「…さっきから勝手な想像でよく言うな…」
(飛影の言葉に動揺が僅かだが見られる。
悪いけど貴方にトドメを刺さしてもらうよ)
棗はここで飛影を攻略する最後の一手を出す。
「さらに決定的な事を言わせてもらえば、貴方が見ていた氷泪石。雪菜ちゃんから氷泪石の事も聞いたわよ!氷泪石は氷女が産んだ我が子に与えるものみたいね」
「あいつは出会ったばかりのお前にそこまで話しているのか」
「聞いた。雪菜ちゃんに双子の兄がいるように、私にも双子の兄がいるからね。同じ双子の兄妹がいるって事で直ぐに雪菜ちゃんと打ち解けたの」
「なるほどな。だが、この氷泪石は、雪菜が人間界から魔界に行く俺に、魔界であいつの兄とやらに会ったら渡して欲しいと渡された物だ。俺の物ではないぜ」
飛影は首にかけている雪菜の氷泪石を棗に見せた。
「一つは貴方が言うように本当にそうかも知れない。でもあなたはさっき、二つの氷泪石を見ていた。もう一つのあれはあなたの氷泪石じゃあないの?」
「…フン」
「持っているでしょう?」
「よく見ていたな」
「あいにくと、私は昔から生きる為に、どんな相手でも注意深く相手の事を観察していたの。だから目がいいのよ」
「チッ、どうやらお前にこれ以上誤魔化す事は出来ないようだ。氷泪石の話しを雪菜がお前に話し、さらにこの氷泪石まで見られていたのなら隠す事はもはや出来んな」
飛影は観念して、首から自分の氷泪石を取り出して棗に見せた。
「じゃあ、貴方が雪菜ちゃんの探しているお兄さんってわけね」
「ああ」
雪菜と今一番近い棗に、雪菜の兄とばれるとは思わなかった飛影は、面倒なことになったと小さく溜息をつく。
「やはりそうか…。でも何故?何度も妹である雪菜ちゃんと会っているのに、自分が兄だと雪菜ちゃんに名乗りでないの?」
「それはお前には関係のないことだ。俺もお前に聞きたい。お前は何故、出会ったばかりの雪菜の世話をそれほどまでに焼く?」
「さっき貴方に私には、双子の兄がいるって言ったよね」
飛影「ああ。確かお前の兄もお前と同様に雷禅の昔の仲間の一人だったな」
棗「そう、兄の九浄。私と九浄は、双子の兄妹として生まれたけど、両親は私たちが幼い時に妖怪同士のトラブルで死んだ。私と九浄は両親が死んでから親のいない孤児となり、魔界で生きる為には強くならないといけなかった。泥水をすすりながら必死で強くなって生き抜いてきた」
(こいつも親がいなかったのか)
「雪菜ちゃんも生まれてすぐに母を亡くした。父親もいないし人間界では悪い人間によって長い間、一人幽閉されるなど大変な思いをしてきたみたいね。立場は違うけどあの子に共感する部分が沢山あったから力になりたいと思ったの」
そして雪菜の事を妹のように思っていることも付け加えて。
雪菜の事を大事に思ってくれる者がまた出来て、
兄としては嬉しいが、その反面、そんな奴に兄と知られて逆に厄介だと飛影は思った。
「雪菜ちゃん、この魔界に人間界から一緒に飛ばされた桑原って人間と無事に再会出来たら、このまま魔界で行方不明の兄の手がかりを探したいって言っていたわよ」
「俺はさっきあいつに会った時に、もし兄の行方のことを俺に聞いていたら、兄は死んでいたと言って氷泪石をあいつに返すつもりでいた」
飛影の言葉に一瞬驚く棗。
「どうしても雪菜ちゃんに自分が兄だと名乗らないつもり?」
飛影「名乗るつもりはない」
(なるほどね)
この飛影って男は多分かなり強情だ。
言葉で何言っても無駄に終わるだろう。
だったら棗は今自分が取るべき行動は1つしか思いつかなかった。
棗、ニコリ。
「だったら私と勝負しない?」
「勝負?」
棗の提案に怪訝な顔。
「もうすぐ開かれる煙鬼主催の魔界統一トーナメントで、私があなたと対戦して、あなたに私が勝ったら雪菜ちゃんに兄ということを貴方が自分で名乗る」
「フッ、俺がそんな勝負に応じると思うのか?」
「勝負に応じないなら、このまま雪菜ちゃんに貴方がお兄さんだと話す。それとも私と勝負するのが怖い?私に勝てたら今日の話しは聞かなかった事にしといてあげる」
棗はそう言うと飛影の顔に顔を近付ける。
飛影は思わず一歩後ずさる。
「どうする?」
飛影の目を見ながらひと押し。
「…チッ、厄介な女に知られたものだぜ。いいぜ。お前との勝負を受けてやる」
飛影の答えに満足そうにニコリ。
「貴方との対戦を楽しみにしとく。言っておくけど私は強いわよ」
「前回の大会でお前と躯の試合を見ていた。お前の強さはよく知っている」
「私の話しはそれだけだから」
棗はそう言うと崖の下に飛び降りて、この場から去ろうとしたが、直前で足を止めた。
「何だ。まだ何かあるのか」
「貴方が何故、雪菜ちゃんに自分が兄だと名乗らないか、私にそれは分からない。でも貴方にとって雪菜ちゃん、雪菜ちゃんにとってはあなたが唯一の肉親だということは忘れないで」
(チッ、この女最後まで…)
「勝負の約束、忘れないでね」
「ああ。分かったからもう失せろ」
棗、ニコリ。
「フフッ」
バッ!
棗は崖から下に飛び降りてそのまま姿を消した。
「行ったか」
崖の下を見る飛影。
(チッ、面倒臭くなったぜ。だからあの目をした奴は苦手なんだ)
――棗の家
「ただいま」
棗が家に入ると真っ先に酎が飛んで来る。
「棗さ~ん!何処に行っていたんだ?突然姿を消してよー」
酎に続いて雪菜もやって来た。
「姿が急に見えなくなったからびっくりしました」
「ごめん。ちょっとしたお節介にね」
酎と雪菜は棗の答えに顔を見合わせて不思議そうな顔。
棗は思い出し笑い。
(しかし、酎が私にプロポーズした時の九浄じゃないけど、勝負って形で相手と話しをつける辺りは、私もあいつに似ているな。やっぱり兄妹ってとこよね)
窓を開けて顔を出して魔界の空を見る。
(私がやろうとしている事はただのお節介なのかもしれない。でもやっぱりほっとけないよ。だってこの世にたった二人だけの兄妹なんだから)
――魔界の18番地区
「行くだぞー」
「陣、来い!」
ドーーン!!!!
二人の妖怪が激しい技と技がぶつかりあっていた。
その妖怪の名は、陣と鈴木。
そしてもう一組。
「ハァァァ!!」
「トァッ!」
ガキーン!!
ガキーン!!
ガキーン!!
氷で作った剣と不気味な妖気を放つ剣がぶつかる。
二匹の妖怪による凄まじい剣による戦い。
その妖怪の名は凍矢と死々若丸。
四人は、四方を森で囲まれた広大な大地で、間もなく開かれる大会に向けて激しい修行を続けていた。
続く