幽☆遊☆白書～2ND STAGE～ ＃011｢蔵馬vs黎明(序章)｣
――河原崎の建設現場・建物内
蔵馬「お前が何者か知らないが許すわけにはいかない」
蔵馬は建物を破壊した目の前の男に静かに怒りを燃やしていた。
この建物はどれだけの人間が動いて、血と汗と涙を流して作り上げてきたのだろう。
ここは自分が担当している場所ではないが、業界に携わるものとして、物作りの苦労は知っている。それを身勝手な理由で簡単に壊す行為、そしてこの破壊に巻き込まれた人間までもいる。顔には出していないが、そのはらわたは煮えくり返っていた。
蔵馬「俺が思ったより、早く来たとお前は言っていたが、わざわざ俺をこの場所におびき寄せる為に、建物を破壊したのか？」
黎明「そう言う事だ。こんな建物に興味はない。私の狙いはお前だよ妖狐」
蔵馬(…この男、俺の正体を知っている。ここは冷静にならなければ)
怒りを抑えて、目の前の男に対して強い警戒。
いつも通りのクールで冷静な蔵馬を取り戻す。
目の前の男が蔵馬の正体は妖狐･蔵馬だという事を知っていた事に驚いたが、蔵馬はここである事に気付いた。
蔵馬(この男の気は…)
喫茶店で蔵馬が感じた異質な気。
目の前に立っている男の身体から発せられている気がそれによく似ていた。
黎明は自らが破壊した建物の内部を見渡す。
黎明「この状況では救助の人間どもがここに来るまで、暫くは時間がかかる。誰にも邪魔をされずお前を殺せる」
蔵馬(奴がただ者ではないのは確かだ。まずは様子を見ながら攻撃を仕掛けて、奴の動きを探る)
黎明「どうした？かかってこないのか？私に対して怒っているのだろう？」
蔵馬「言われるまでもないさ」
蔵馬は地面を蹴ると黎明に向かって飛ぶ。
蔵馬「薔薇棘鞭刃！！」
妖気を通した棘の鞭を振り回して襲いかかる。
ビュー！！
だが、黎明はその場から動こうとはせずに、蔵馬の放った鞭の動きを見ている。
蔵馬(奴はよけないのか)
グルグルグルっと黎明の右腕に薔薇の鞭が巻き付く。
黎明「フッ」
蔵馬は鞭を黎明の腕に巻き付けたまま、その勢いで黎明の背後に飛んだ。
蔵馬「お前の腕を捕まえた。俺が妖気を込めればお前の腕は使い物にならなくなる」
黎明「面白いな。これは植物の武器化能力か？」
自分の右腕に巻き付いた鞭を興味深そうに見る黎明。
その顔には焦った様子はなく、余裕すら感じさせられる。
蔵馬「いいのか？余裕な顔を見せている暇はないぞ。右腕を失いたくなければお前の正体と目的を話すんだ」
黎明「こんなおもちゃで何が出来るというんだ？」
左手の人差し指で右腕に巻き付いた鞭に軽く触れる。
ピシッ！
右腕に巻き付いた鞭の先端に亀裂が入った。
蔵馬(何！？)
亀裂は止まらず鞭の柄の部分まで向かって行く。
蔵馬(！！？)
蔵馬はこれまで培ってきた経験によって、瞬間的に危険を察知した。
握っていた鞭を素晴く手放す。
するとその瞬間、鞭は粉々に砕け散った。
蔵馬(触れるだけで俺の妖気を込めた鞭をここまで粉々にするとは。この男桁外れに強い…)
黎明の底知れぬ強さに畏怖を覚えた。
黎明は蔵馬の反応を楽しそうに見ていた。それはあきらかに強者が弱者を嘲笑うような感じだ。
黎明「妖狐よ、私から一つ忠告しておいてやる。その姿のままでいいのか？お前には今ので分かっているはずだ。その姿では私には勝てないと」
蔵馬「余計なお世話だ」
黎明に向かって走り出す。
右手で胸元から薔薇の花を取り出すと再び妖気を込めて鞭化した。
蔵馬「ハァァ！！！」
薔薇棘鞭刃による凄まじい連続攻撃。
だが黎明には通じない。凄まじい連続攻撃を余裕でかわしていた。
黎明「スキがあるぞ」
フッ
一瞬で黎明の姿が消える。
蔵馬(！？)
黎明が蔵馬の懐に入り込む。
そして蔵馬の下腹部を右手で触れる。
ドーーーーーン！！！！！
蔵馬「ぐっ！！」
黎明の右手から放たれた強烈な衝撃波によって蔵馬の身体は吹き飛ばされた。
ズシャァァァァァ！！！
蔵馬の華奢な身体は思いっきり地面に叩きつけられる。
黎明「弱い。魔界でも上位クラスの妖怪がこの程度とはな」
スパッ
黎明(！！)
黎明の右頬が切れる。
起き上がった蔵馬が薔薇を黎明に向かって投げつけたのだ。
裂けた頬から青い血が流れ落ちた。
蔵馬は下腹部を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
黎明「その様子だと大してダメージはなかったようだな」
頬から流れる血を舌でペロリと舐めると、床に落ちているコンクリートの破片を手に取る。
蔵馬(…あんなものを拾って一体何をするつもりだ)
黎明「お前に面白いものを見せてやる」
ズズズ･･･
コンクリートの破片は徐々に形状を変えて鋭い剣の形に変貌していく。
蔵馬「これは物体武器化能力！？」
黎明「そうだ。お前の植物の武器化の能力と似たようなものだ」
ズキューン！！！
蔵馬(速い！)
一瞬で蔵馬の側まで近付くと、一気に剣を突き出した。
ザクッ！！
黎明の剣が蔵馬の右肩に突き刺さる。
蔵馬「うっ！」
黎明「心臓を狙ったが、間一髪かわしたか。そうでなくては面白くない」
剣に貫かれた肩からは大量の血が溢れでている。
黎明は蔵馬に突き刺した剣を抜いて次の攻撃に移ろうとしていた。
だが。
黎明「ぬっ、抜けない…」
蔵馬「抜けないさ」
剣が肩から抜けないように蔵馬は全身に力を込めていた。
そして黎明の右腕を掴むと一気に妖気を高めた。
蔵馬「ハァァ！！！」
ブォォォォォ！！！
蔵馬の巨大な妖気が一気に放出される。
黎明(！？)
蔵馬「覚悟しろ」
周りに大量の花びらが舞う。
蔵馬「風華円舞陣」
ズバァァ！！！
研ぎすまされた花びらが黎明の全身を切り裂く。
黎明「ぬォォォォォ！」
黎明は全身に切り傷を負いながらも、蔵馬の腕を振り払い、円舞陣からの脱出を試みる。
蔵馬「逃がさないぞ」
直ぐに薔薇棘鞭刃を使い、黎明の身体に鞭を巻き付けて捕らえる。
蔵馬「ハァァァ！！！」
ギュゥゥゥゥゥ！！！
鞭に妖気を込めて黎明の身体をきつく締め付ける。
黎明「ぐわァァァ！！」
鞭に締め付けられた箇所から、青い血が流れ落ちる。
蔵馬「少し油断していたな。俺を甘くみない方がいい」
黎明「…中々やるな、私はお前の力を過少評価し過ぎていたよ」
黎明はそう言うと全身に力を込め始めた。
ズバァ！！
黎明を巻き付けていた鞭は砕け散る。
蔵馬(馬鹿な！？)
蔵馬は砕けた鞭を見た。
蔵馬「これを破るとは、やはり一筋縄でいく相手ではないな」
蔵馬は肩に突き刺さった剣を左手で掴む。
蔵馬「うっ！」
ズボッ
カランカラン
右肩を貫いていた剣を抜いて床に投げ捨てた。
黎明「正直、お前が私に手傷を負わすことが出来るとは思わなかった。お前との戦いは中々楽しめそうだ」
蔵馬は黎明の正体について問いかける。
蔵馬「お前は桑原君たちを監視していた者の仲間だろう？」
黎明「何故そう思う？」
蔵馬「あの時、俺が喫茶店で察知した気配から異質な気を感じ取った。お前が放っている気がそれによく似ている」
黎明「なかなか鋭いな」
蔵馬「お前は一体何者だ？」
黎明「私が素直にお前に話すと思うか？」
蔵馬「思わないさ。だからお前を倒して吐かせるまでだ」
黎明「お前の力では無理だ」
蔵馬は横目で床に寝かせている作業員を見る。
蔵馬(傷が浅いとはいえ応急処置しかまだしていない。彼は頭を打っている。戦いを長引かせるわけにはいかないな･･･)
短時間で勝負を決めるため、再び薔薇の花を取り出し妖気を込めて鞭化する。
ビシッ！
蔵馬は地面に鞭を打ちつけた後、強く握り締めた。
蔵馬「行くぞ」
黎明「来い」
落ちているコンクリートの破片を拾うと再び剣に変化させた。
その時だった。
秀一「秀兄ィィ！！」
建物の入口から秀一が走って入ってきた。
蔵馬(秀一！？)
予想外の秀一の登場に、蔵馬の気が一瞬乱れた。
黎明「馬鹿め！スキだらけだ！」
ズキューン！！！
蔵馬に一瞬で近付き斬りつける。
蔵馬(し、しまった)
攻撃をかわす為、咄嗟に後ろに飛んだ。
黎明「チッ、浅かったか」
蔵馬は黎明から少し離れた位置に着地した。
ガクっと膝をつく蔵馬。
蔵馬(俺としたことが油断した)
ポタッポタッポタッ
黎明に斬られた腹部から血が地面に流れ落ちていた。
秀一「秀兄ィィ！！！」
血相を変えた秀一が蔵馬に走って近付いて来る。
蔵馬「秀一！危ない！こっちにくるなァァ！！」
黎明「人間風情が戦いの邪魔だ」
左手を秀一に向けた。
蔵馬「やめろ！！」
ドーーーン！！！
左手から衝撃波が秀一を目掛けて放たれる。
秀一「えっ！？」
蔵馬「秀一！！」
蔵馬は衝撃波が秀一にぶつかる瞬間に秀一を抱きかかえて飛んだ。
黎明「フッ」
秀一を抱き抱えている蔵馬に向けてもう一発衝撃波を放つ。
ドーン！！！
蔵馬(！)
秀一を抱きかかえていた蔵馬に衝撃波をかわす余裕はなかった。
蔵馬は秀一を抱き抱えたまま壁に叩きつけられた。
蔵馬「秀一！！」
蔵馬は直ぐに秀一の様子を見る。
秀一「う･･･」
蔵馬「良かった、気を失っているだけか」
黎明「人間をかばうとは甘いな」
蔵馬「貴様･･･」
黎明を睨みつける。
黎明｢これだけのものを出すとは｣
蔵馬から凄まじいまでの殺気を感じ取る。
秀一を床に寝かすと蔵馬はゆっくりと立ち上がる。そして目を瞑って妖気を高め始めた。
すると蔵馬の姿が徐々に変貌していく。
黎明(！？)
そして蔵馬は目を開いた。
蔵馬の姿は、鋭い瞳に銀髪の長い髪。
そして白魔装束をその身に纏った姿に変貌を遂げていた。
黎明はその姿を見て、嬉しそうに笑う。
黎明「ようやく姿を現したな、妖狐･蔵馬」
妖狐･蔵馬「お前は殺すぞ」
