幽✩遊☆白書~2ND STAGE~ #059「記憶の中の少女(大会編・前章)」
ーー人間界・皿屋敷市・蔵馬の自宅
蔵馬は、自身が勤めている畑中建設での仕事を終えて自宅に帰ってきた。
「ふ~う」
家の玄関のドアを開けて中に入ると、軽く息を吐いた。
今日も一日、かなりの数の仕事をこなした。
鞄をソファーの上に置くと、キッチンに向かう。
冷蔵庫を開けて、冷やしていたお茶を飲んでようやく一息つく。
本当なら今頃は魔界にいて、大会に向けての準備をしている予定だった。
幽助が魔界に旅立った日に、蔵馬も魔界に向かうつもりでいた。
だが、畑中建設が手掛けている建設中の建物の案件で、大きなトラブルが発生したのだ。
それは先日の戦いで、黎明によって破壊された建物だった。
建物の被害が思いのほか大きく、その処理をするには、人手が足りず、会社の危機を助ける為に、蔵馬は人間界に残って現場や本社を駆けずり回っていた。
(大会には、ギリギリ間に合いそうだな。桑原君たちは大丈夫だろうか)
仕事は今のペースでこなしていれば、大会にはどうにか間に合う。
だが、気掛かりなのは、黄泉が比羅の魔の手から救う為に、魔界に飛ばした桑原と雪菜の安否だった。
(一足先に魔界に戻った黄泉に桑原君たちの事は任せてある。黄泉なら彼等を助けてくれるだろう)
今は1日でも1時間でも早く魔界に行く為に、目の前の仕事を片付けないと。
鞄を開けて、ノートパソコンを取り出すと、書類の作成に取り掛かる。
明日までにこれを下請け業者に届けないといけない為だ。
書類の作成を初めて1時間ぐらい経過したぐらいにピンポンっと家のチャイムが鳴った。
「お待ちかねの助っ人の登場かな」
玄関の扉を開けると、髪を上に逆立てた若い男が立っていた。
蔵馬、ニコリ。
「ヤナ(柳沢)久しぶりだ」
蔵馬の自宅にやって来た若い男は、仙水忍が起こした魔界の扉を巡る戦いの時に知り合い、一緒に戦った柳沢光成だった。
「今日は悪かったな。わざわざここまで来てもらって。お前の“ 模写”の力を借りたい」
柳沢ニヤリ。
「任せとけ」
柳沢が自分の持ってきていた鞄の中をゴソゴソ漁ると、一台のノートパソコンが出てきた。
蔵馬はそれを見て頷く。
「さあ、始めようか」
柳沢は家の中に入ると“領域”(テリトリー)を広げた。
そして蔵馬の身体に手を触れると“模写”の能力を発動させる。
柳沢の姿が見る見るうちに蔵馬の姿に変わっていく。
そして蔵馬の姿になった柳沢ニコリ。
「準備OK」
持ってきたノートパソコンを開く。
「よし、今日で書類を全て仕上げる」
蔵馬は仕事の詳細を柳沢に話し、作成内容を指示。
柳沢は蔵馬の知識を使い、ハイペースで書類を作っていく。
「助かるよヤナ、お前には感謝してる」
「これぐらいおやすい御用だ」
柳沢が加わったおかげで作成スピードが倍になり、
次々と書類が仕上がっていく。
パソコンを打ちながら柳沢が蔵馬に話しかける。
「ところで海藤は最近どうしているんだ?」
「あいつは大学に在学中に起業して、今は立派にIT企業の社長をやっているよ」
名前が出てきたこの海藤優もまた魔界の扉を巡る戦いの時に共に戦った仲間の一人で、柳沢と同じ能力者だった。
「海藤の奴、頑張っているんだな」
昔話に花を咲かせながら書類は二時間後には、全て完成していた。
「ヤナ、これで全部終わりだ」
「よっしゃあ!」
蔵馬の姿のままガッツポーズ。
「今日の御礼に何かしたいけど、何がいい?」
「お、嬉しいな。じゃあさ、今から飲みに行こうぜ。お前とはもう少し話をしたいしな」
蔵馬、ニコリ。
「分かった。今日は俺の奢りだから好きなだけ飲んでくれ」
ーーとある居酒屋
蔵馬が仕事でも利用し、プライベートでもたまに利用している居酒屋に柳沢を連れてきた。
ここのお店は大将が作る魚料理が特に絶品で、知る人ぞ知る隠れた名店であった。
「さっき“模写”した時にお前の記憶から分かったけど、ちょっとまた厄介事に巻き込まれているようだな」
蔵馬は頷く。
「ああ。今度もまた苦しい戦いになるかもしれない」
少しシリアスな雰囲気になった時に、蔵馬の携帯電話がなった。
「着いたか。中に入ってこいよ」
携帯を切った蔵馬に柳沢が誰からの電話か聞いてきた。
蔵馬、ニコリ。
「直ぐに分かるよ」
しばらくすると、若い男が居酒屋の中に入ってきた。
キョロキョロと誰かを探しているようだ。
男の顔を見た柳沢が声を上げた。
「海藤!!」
さっき二人の会話に出てきた海藤優を柳沢の為に、蔵馬が呼んだのだ。
「お~い海藤!こっちだ」
柳沢が嬉しそうに海藤に手を振る。
「あ、いたいた」
蔵馬と柳沢に気付いた海藤が二人の席に向かう。
「二人とも久しぶりだな」
蔵馬の横に座る海藤。
「このメンバーが集まるのはなかなかないな」
海藤を加えた三人は昔話を語り合いながら楽しく酒を飲む。
楽しい酒は美味い。
だから酒が進むピッチがとても早い。
その為、少し酔いが回ってきた柳沢。
突然真面目な顔になる。
「なあなあ、実はお前たちに相談があるんだよ」
海藤が返す。
「ヤナどうした?お前が相談って珍しいな」
「実は最近、気になる女が出来たんだよ」
蔵馬が笑顔で返す。
「へーいいことじゃあないか。どんな人なんだ?」
その気になる女の姿を想像しているのか、柳沢の頬が赤くなる。
「相手はまだ俺の事を知らないから、俺の一方的な片想いなんだ。俺が使う駅でよくその子を見かけるんだけど、本当に可愛いんだ!恥ずかしいが一目惚れて奴だ。今分かっているのはその子の名前だけなんだよ」
一生懸命語る柳沢の話しを楽しそうに聞く蔵馬と海藤。
海藤が興味深そうに聞く。
「その子は何歳ぐらいなんだ?」
少し考える柳沢。
「多分、俺たちと同じぐらいと思う」
ここで蔵馬も会話に加わる。
「名前は分かっているんだってな。その子に名前は何ていうんだ?」
また頬を真っ赤に染めながら柳沢は女の子の名前を答えた。
「その子の名前は喜多嶋麻弥っていうんだ」
「喜多嶋……!?」
女の子の名前に驚く蔵馬。
「南野どうかしたか?」
海藤が心配そうに蔵馬の顔を見る。
「い、いや何でもない」
まさか彼女の名前をここでまた聞く事になるとは。
それは蔵馬の記憶の中に、ずっと忘れる事がなく残っている少女の名前だ。
あの出来事から止まっていた時計の針が再び回り出す。
続く